久能山東照宮 2 ― 2012年05月29日 18:37
拝殿にある『司馬温公の甕割り』の彫刻
高価な甕に謝って落ちてしまった友達を助けるために、甕に石を投げつけて、その甕に穴が開き友達が水とともに流れ出てくる場面なんだそうで、生命の尊さが込められているとのこと。
高価な甕に謝って落ちてしまった友達を助けるために、甕に石を投げつけて、その甕に穴が開き友達が水とともに流れ出てくる場面なんだそうで、生命の尊さが込められているとのこと。



そして、こちらが家康のお墓『神廟』 本殿から裏手約50mの所にあります。家康の遺命により遺骸が埋葬され、西向きに建てられているそうです。高さは 5.5m、外回りは8mです。なぜ西向きなのかは、西の外様大名(毛利とか島津とか?)に睨みを利かせるためなんて説があるみたいです。


立て看板より・・・
家康公が、諸人たちに『金の成る木』を問わせられた。これには誰も知らず、公は自ら筆を把られて、三本の木を描き、『よろず程のよ木』、『志ひふかき(慈悲深き)』、『志やうぢ木(正直)』と書かれて、これを常々信用すれば必ず富貴を得られようと仰せられた。
のち細川三斎忠興公が、これに左右の枝にとお添え遊ばしてはとなり『あさお木(朝起き)』、『いさぎよ木』、『志んぼうつよ木』、『ゆだんな木』、『ようじようよ木(養生)』、『かないむつまじ木』と。
左右の枝が繁昌するならば一段と富貴を得られよう、皆々にこの『金の成る木』を写し取って、家内の者に教えるようにと命ぜられたという。これにちなみ誰とは言わず、このところの杉に願掛けとして硬貨を供えるようになりました。