次は~ごくらく~ ― 2015年05月12日 22:58
岐阜の明知鉄道の岩村駅にて

明知鉄道は恵那市にある恵那駅から明智駅の25.1kmを結ぶ路線です。
なかなか情緒あふれる駅です。

岩村駅の次、花白温泉もだけど、極楽が気になる。どんな所だろう。

しばらく待つと電車が来ました。アケチ10形

そしてもう一両、急行大正ロマン号。
恵那駅から明智駅間で1日1往復運行する急行列車です。明智駅へ向かう下りには食堂車が連結されて、四季折々の懐石料理やお弁当が楽しめるそうです。乗ってみたい・・・。食堂車に乗るには予約が必要です。

駅にツバメが飛び回っていました。かわいい。

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女城主 岩村城 ― 2015年05月15日 18:15
岐阜の恵那市にある岩村城へ。
岩村城は、天然の地形を利用した要害堅固な山城で、本丸が諸藩の居城中最も高い標高717mに位置していた為、日本三大山城の一つとされています。
岩村城付近は霧が多く発生する為、別名『霧ヶ城』と呼ばれていたそうです。そして、自らを顧みず領民や家臣を守った女城主の物語があります。
車でしばらく山道を登っていくと岩村城に到着。立派なな石垣の脇の細い道を登って行きます。ちょっと急です。
岩村城は、天然の地形を利用した要害堅固な山城で、本丸が諸藩の居城中最も高い標高717mに位置していた為、日本三大山城の一つとされています。
岩村城付近は霧が多く発生する為、別名『霧ヶ城』と呼ばれていたそうです。そして、自らを顧みず領民や家臣を守った女城主の物語があります。
車でしばらく山道を登っていくと岩村城に到着。立派なな石垣の脇の細い道を登って行きます。ちょっと急です。


埋門跡(うずみ門)

案内板より・・・
両側と奥の石垣の上にスッポリと被さるように櫓が載せられ、石垣の間のクランクした通路には3か所に門扉が設けられていたそうです。門の右側には納戸櫓(二重櫓)が建てられていたそうです。
埋門跡を通って石垣の間を進んでいくと・・・

岩村城の本丸へ到着。
今はお城はなく、城跡となっています。織田信長が本能寺の変の80日前に宿泊したそうです。
築城主は遠山景朝で、1221年(承久3年)以降、鎌倉中期とされています。
遠山景朝は平安時代の末期から鎌倉時代初期の武将です。


岩村城は、1185年に遠山景朝の父親の加藤景廉がこの地の地頭に任命され創築されてから、鎌倉・室町の300年間と戦国時代の100年間、そして江戸時代の300年間にわたって城主を変えながら、明治時代の廃城令で廃城されるまで700年存続していました。

日本三大山城とあって眺めがいいです。山の上のお城というと岐阜には岐阜城がありますが、岐阜城のある金華山の標高は329m、岩村城は標高717mと高いです。

岩村城の見どころの一つ、『六段壁』
本丸の北東面に雛壇状に築かれた六段の石垣。もとは最上部のみの高石垣だったのが、崩落を防ぐ為に前面に補強の石垣を積み立てることを繰り返した為にこのような六段の石垣になったそうです。



比叡山 延暦寺 1 ― 2015年05月24日 09:12
滋賀県にある世界文化遺産、比叡山延暦寺へ
延暦寺は比叡山の山中にある500ヘクタールの境内地に点在する約150の堂塔の総称です。平安時代の初期の僧の最澄が788年(延歴7年)に薬師寺如来を本尊とする一乗止観院(現在の総本堂・根本中堂)を創建し比叡山を開いたのが始まりだそうです。
比叡山は、東が「東塔(とうどう)」、西が「西塔(さいとう)」、北が「横川(よかわ)」という三塔に区分されていてます。標高は848mで、東は琵琶湖、西は京都の町並みを一望できる景勝地でもあります。
まず比叡山の発祥の地である東塔から
大講堂
延暦寺は比叡山の山中にある500ヘクタールの境内地に点在する約150の堂塔の総称です。平安時代の初期の僧の最澄が788年(延歴7年)に薬師寺如来を本尊とする一乗止観院(現在の総本堂・根本中堂)を創建し比叡山を開いたのが始まりだそうです。
比叡山は、東が「東塔(とうどう)」、西が「西塔(さいとう)」、北が「横川(よかわ)」という三塔に区分されていてます。標高は848mで、東は琵琶湖、西は京都の町並みを一望できる景勝地でもあります。
まず比叡山の発祥の地である東塔から
大講堂

昭和39年に山麓坂本の讃仏堂を移築したものだそうです。本尊は大日如来。
比叡山で修業した各宗派の宗祖の木像も祭られていて、国の重要文化財です。
大講堂の飾り。なんだろうこれ、象?いい味出てます。

鐘楼。

開運の鐘。1回50円で鐘を打つことができます。

大黒堂

最澄が比叡山へ登った時に大黒天を感見したところで、日本の大黒天信仰の発祥の地と言われているそうです。本尊の大黒天は、三面出世大黒天という大黒天と毘沙門天と弁財天が一体となった姿をしています。
文珠楼(もんじゅうろう)

延暦寺の山門にあたり、徒歩で本坂を登ってくると、まずこの門を潜ることになるそうです。この山門は1668年(寛文8年)に焼け、その後建てられた姿だそうです。
根本中堂

延暦寺の総本堂。本尊は薬師寺如来。建物は国宝に、回廊は国の重要文化財に指定されています。中は撮影禁止なのでお外の門?のみを撮影。
延暦寺を開いた最澄が788年(延歴7年)に創建した一乗止観院が元となっています。何度も災害に遭い復興のたびに規模が大きくなったそうで、現在の姿は徳川家光の命で1642年(寛永19年)に竣工したものだそうです。
御本尊の前には1200年間灯り続けているという『不滅の法灯』が安置されています。
戒壇院

戒壇院は延暦寺で僧侶になるための授戒の儀式を行う堂で、重要な堂の一つだそうです。現在の姿は1678年に再建されたもので、もとは828年に創建されたそうです。国の重要文化財です。
阿弥陀堂

こちらは1937年(昭和12年)に建立されたもので新しいです。本尊は丈六の阿弥陀如来。壇信徒の先祖回向の道場だそうです。
法華総持院東塔

最澄が国土と国民を護る為、全国六か所に宝塔を建てる計画をされたそうです。その中心の宝塔として比叡山に建立されたのが東塔です。東塔は織田信長の比叡山焼き討ちで跡形もなく燃えてしまい、それ以来再建されていなかったのですが、1980年(昭和55年)に約400年ぶりに再建されました。

東塔から

琵琶湖が見えます。とっても眺めがいいです。
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比叡山 延暦寺 2 ― 2015年05月31日 10:57
東塔の次は、西塔・横川へ


常行堂と法華堂

常行堂と法華堂という同じ形をしたお堂が廊下で繋がっています。弁慶が両堂をつなぐ廊下に肩を入れて担ったという言い伝えがあるそうで、にない堂とも呼ばれています。常行堂の御本尊は阿弥陀如来、法華堂の御本尊は普賢菩薩だそうです。国の重要文化財です。

釈迦堂(転法輪堂)

転法輪堂は西塔の本堂です。一般的に知られている釈迦堂という呼び方は、御本尊の釈迦如来にちなんだものだそうです。
この釈迦堂は、延暦寺に現存する建築の中で最古のものだそうです。もとは三井寺の園城寺の金堂だったのを、1596年(文禄4年)に秀吉によって西塔に移築されたそうです。国の重要文化財です。
横川中堂


横川の本堂です。舞台造りで、全体的に見ると船が浮かんでいる姿にみえるそうです。この建物は昭和46年に再建された姿です。御本尊は聖観音菩薩で、慈覚大師が作ったと伝えられているそうです。
残念なことにたどり着いたのが4時ちょっとすぎで時間切れ。扉が閉まっていました。4時までにたどり着けていたら中が見れたのですが・・・。
比叡山はお寺だけでなく、自然や景色がとても綺麗。比叡山に行った時はちょうど八重桜がたくさん咲いていて、綺麗でした。



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